缶詰

イラストのプロセス

最近描いた絵の説明を試みる。どういう意図があって、それがどう絵に反映されていくか自分でもよくわからない(もちろん自分でもちゃんと考えてない部分が多い)。もうちょっと趣味としての大きな話とかもしてみたいんだけど、まとまりそうにないので、具体的な話をべちゃっと書いてみる。

こんな絵を描きました

ある土曜日に大学の図書館に行ったらめちゃくちゃ雨が降ってて、雨とか反射を描きたくなった。加えて最近は毎週のように公園に行っていて、緑を入れたかった。雨に濡れながら食事してたらおもろいんちゃうか、とか思う。

そうしてラフができる。

うーむ

今思えばこの時点でテーマとして弱すぎる感もある。描いている身としては、まず手を動かすミクロな感触がおもしろくて進めていてしまう。それでマクロなテーマは適当なままになる。ラフ時点で人物をもっと考えておくべきだった。でも人間って難しい。目とかも難しいので後回しにしてしまう。最初に描いたほうが体力もあるのに。

アイレベルやアングルをちょっと検討するが、特に良い案が出ず、そのまま進める。

きったねえ字!
タブレットのClip Studio Paint。線とか顔とかを描きたいときはGペン。塗りはガッシュ。線画は最低限。ある程度塗ったら諦めをつけて、線画と塗りのレイヤを統合するようにしている。

雨で、落ち着いてた静かな感じなので、正面から水平・垂直の線を中心にした。でも同じ理由によってつまんなくなっている。一点透視で消失点が顎のあたりに置いて進めた(といっても、これが活きるのはテーブルの面だけなんだけど)。

人物は少年にした。ずぶ濡れになって、しかも平然とパスタを食うのは大人ではなく子供だと思う。子供だからこの非合理性が許される。大人は合理的な存在である。雨の中パスタ食ってるとしたら、なにか合理的な説明・意味を求められる。たとえば…悲しいことがあったから?となると悲しい顔をさせたり涙を流させたりしなくちゃいけない。そういうのは描きたくない。何を描きたいのかもよくわからないが、すくなくともそういうドラマではない。ちなみにこども家庭庁設置の根拠法であるこども基本法2条1項によれば、「心身の発達の過程にある者」はすべて「こども」に当てはまる。

シュールさを出したかった。外側から内側へ、雨の降る野外・子ども(カジュアル)→テーブルクロス・スーツ(フォーマル)→パスタ(カジュアル)という構造になった。

それぞれのパーツについて、背景から前景の順で述べてみる。

ウンウン唸りながらもにもに描きこんでいくと、こうなる(最初の絵を再掲):

上でつらつら述べてきたような意図が、塗りや構図の技法を通して、最終的なできばえに貢献しているという自信は、あんまりない…

文章に起こしてみるといろいろ思いつくなあ。が、基本的にこれもすでに存在するものに対してコメントしているので書けるというわけであって、描く前に考えるのは難しい。二次創作のキャラクターイラストから入ったが最近は背景とか工業製品も描いてみたい。でも物質ばっかり描いててもなんか締まらんのよな。人がいたほうが締まる気がする。もちろんイケメン描きたいけど〜SNSに引っ張られている感じがある。SNSにいっぱいあるから俺も描きたい!と思うときもあれば、SNSにいっぱいあるから上手い人やAIに任せよう!と思うときもある。謎。


趣味としてのイラストに関する記事として、このあたりも読んでておもしろかった。