2025/07/18
何も出せないまま研究会原稿の締切を過ぎてしまった。作業メモやアウトラインを見ても話が全く像を結ばない。オンライン提出のフォームはまだ開いている。
ここ2週間ほど手をつけてみたがどうにも話の進め方がわからずに、画面の前でウンウン言って、あらゆる遅延行為を試みた。部屋の掃除、食事、散歩、読書。『オーバーヒート』と『海と毒薬』を読み終わった。前日のミーティングも一切連絡入れずにサボってしまって、自分の手で少しずつ着実に事態を悪化させている。
何より「いろいろ問題はあるけれども論文/発表にはできるはずだ」という自信を全然持てなくなってしまった。2月と4月の先例(洗礼)があった。そういう「なんとかやれそうだ」という感覚は指導教員との議論の中で得ていくのだろうが、その議論すら避けてしまっているのでどうしようもない。とりあえず連休明けにSlackを見てみて、なんか言われたら対処して、なんも言われなかったら(なんも言われない気がする)、そのままフェードアウトするか…。
ずっと座っていても埒があかないので、今日は休んで、3連休のどこかで残り書けたら書いて、まだ提出フォームが開いてたら出す。開いてなかったら知らん。無責任だなあ。対して責任をとるってのはつまり辞めるってことなんかなあ。責任を取る気がないので辞めたことはあるが、責任を取ろうとして辞めることもあるわけだ。結局辞めるんじゃねえか!
集中力がないのを猛烈に他者のせいにしたくなったので、学内に5種類ある相談施設のうちの一つを開拓してきた。相談施設は研究施設を兼ねていて、豊富なモルモット学生の観察をエサに彼らの論文が育っていく。ネットで見たようなチェックリストみたいなのを渡される。本当にこういうの使ってるんだなあ。「非常に頻繁」の欄にチェックが入っていくのを見ていると、自分が何かしらを演じているのではないかと不安になる。
「生活に支障がある」か否かが自分ではどうにも判断できない。留年せず学士を取ったといえば支障はない。しかしその裏には遅刻したりぼんやりしたりレポートすっ飛ばしたりで単位を落としまくり、2単位足りなかったのでいろいろお願いしてなんとか補充したという微妙な動きがあったので、そこにフォーカスすれば支障がある。
まあ別に病気とかではなくて単に研究が楽しめないんだろう。気分転換が下手。
「退路を絶って挑戦」みたいな、そういう文章はおもしろくないのだけれど、おもしろくないとわかっていて、それでも情報を伝えるためのフォーマットとしてこういう書き方を選択しているのか、何か彼らの中のオートマトンが動いた結果そういう種類の文書しか生成されないのか…。後者なのだろう。たぶん彼らもかなりの程度素直に書いているのである。自分の場合は素直に書いたら「生まれてこのかた挑戦なんかしたことなくて、ただアルファ線のように世界が俺を通り過ぎていく」となってしまうのであって、お互いがお互いを「なんやこいつ嘘くさいなあ」と思っている。
友達らと沢を登ったりご飯食べたりして少しマシになった。就労した人も大学院生もいまいち楽しくなさそうなので、大学院を辞めたくなったら職場の愚痴を聞いて、D進したくなったらアカデミアの愚痴を聞くと落ち着いていく、かもしれない。落ち着いたからといって何になる?