缶詰

2025/02/21

卒論発表2日前、ここ4ヶ月の進捗があんまり意味なかったことを指摘された。関係してるのかしてないのかよくわかんなくて放置していた先行研究が指導教員に再発見されて、実はめっちゃ関係していたらしいのだ。発表練習の場で急にそういう話が出てきて喉が詰まるのを感じた。今それ言うか〜??と思いつつ立ち尽くして「まあ、そうですね、考えます…」みたいな感じで席に戻って、同期の練習を見ていた。

終わった…。ひとのスライドの上に妄想のエンディングロールが流れていく。会議室に差し込む光がブラインドと机をアイボリー色に照らして、その前をホコリがきらきらと舞っている。頭上にあるプロジェクターの動作音が発表者と教員の声にマスキングをかけて、全部が遠ざかっていく…。映画のように見えてくる。『アステロイド・シティ』とかに出てきそうな色味。スクリーンの中のスクリーンの中を飛ぶ緑のホタル(レーザーポインター)を眺め、たそがれていた。

コミュニケーションミスというか、俺が気になってたことを気になってたって自分で気づけなかったこと、すぐ質問しなかったこと、納得できるまで聞かなかったことがよくなかった。ちょっと言いづらいとすぐ自分の意見を引っ込めるのはよくないってわかってるんだけど、1年じゃなかなか変わらない。誰かに反対されそうなことをやるときは許可とか相談とかせずに、一人でこっそりやってみるタイプだった。

研究も2日でどうにかなるわけもなく、付け焼き刃の修正をした結果余計ぐだぐだな発表になってしまった。他の名前も知らない連中が論文まで出してるなかで質問さえまともに返せなくて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。火が出ないように絶縁材料の研究してるんだけどね。

なんだか卒論をやっていたのかわくらなくなり、大学への帰属意識みたいなとこまで一層とゆらいでしまった。高専からいまの研究室にワープしてきたような感覚だから、学部の講義のことは走馬灯にも出ない気がしているのだけれど。おれはこんなところにいていいんでしょうか。高専からの編入制度の見直されたらそれは俺が原因なんだろうな。とかうじうじする。昔は2週間ぐらいうじうじしていたのに対して最近は48時間ぐらいで一旦切り上げられてる気がする。

普段は西片門というちょっと北側の門から出入りしている。しかしうじうじ歩いていたら、うっかり正門から出てしまっていた。平日の正門前には某大生をバカにするテレビ番組とYouTuberの取材陣が待ち構えていることがある。一人で取材に来ているケースもあるので、キョロキョロしていると道に迷った人と勘違いしてつい反応してしまい、それで取材に答えさせられるみたいなことが何度かあった。断れないのよ。

それで、取材っぽい感じの人に「某大生の方ですか?」って声かけられたんだけど、今回は自信なくしすぎてて、「ち、違いますね…」と答えてしまった。下がる記者。おお、自然に取材お断りできた!

インタビュー
身分を偽る人の図

みんな、こうやって取材を断れるようになってくのかな(ぜったいちがう)。

進捗自体は半年ぐらい吹き飛んだけれど、なんかあんまりそれ自体のショックは長引かないもので、ちゃんと話すようにしてまた最初からやるかあと割とすんなり受け入れている。思い入れがないと、こういうとき強いのかも?先生もあっさり「じゃあどうしましょうか」みたいな感じで話を進めてくれた。それよかトラウマになったのは発表のできなさだった。最初行ったときの学会と同じぐらいひどかったな。

そういう感じで研究自体はうまくいっていないのだが、持ち前のサボり癖と手作りの冗談でごまかして最初の1年はサバイブした。これがあと2年続くというのもうんざりというか、入学時点からサバイブするぞ!みたいな気持ちで行くの、あまりに希望がない。なんか論文を出して仕事も掴めば及第点だと思うので、気負いすぎずやりたい。勝手に気負って手を止めるのが一番良くない。昨日はそうだった。真面目に取り組んでいる友達が休学退学をするのを見るのは心にくる。うちはなんやかんや言ってゆるい研究室なんだと思うから、余計に。


Q. 最近オタクの絵日記みたいなの多いですね
A. 知り合いのオタクたちが「絵をやっていきたい」みたいなことを数年単位で言ってるのに全然やらないからたまには煽っていこうと思った。そんなに上手じゃない作品見ると「俺にもできるかも」って感じでやりたくなってきません?もうちょっとまじめな言い方をすると、あんまり上手すぎる絵ばかり見ていてもやれそうな気がしないし、やれそうにないことは人間やる気しないので、知っている人間がアマチュアの絵を描いているという事実をもってレベル感の橋渡しをするのは結構大事なんじゃないかと思っている。部活とかもそうですよね。あと文章も絵もほめられると作りたくなる部分がある。

Q. どうせならかわいい女の子描いてよ
A. あなたが描きなさいよ。ツイッターやめて、ブログとクリスタ開こう。


父方の祖母の葬式に行ってきた。参列者5人のちっちゃいお葬式。お坊さんいないし、焼香とか納骨とか式典っぽいのは計30分ぐらいで、あとは待ち時間が計1時間半ほど。おしゃべりしてた。花束も小ぶりのが一つだけ。思った以上にあっさりしていた。スタッフの方の丁寧な言葉や振る舞いは、設備やプロセス自体の隠しきれない合理性や簡潔性に取り込まれて、逆に事務的なものに感じられてしまった。

散会する段になって、おしゃべりの話題の延長で「遺体が焼けたかどうかってどうやって確認するんですか?」って聞いたときが一番事務性がなかった。焼却場によっては棒を炉に差し込んだりして確認するらしい。まじめな顔して「たとえばメロンなんかをまるごと入れられたりする場合がございまして、それが炉の中で爆発する場合がございますので、もしそういったものを入れる場合はですね、たとえばあらかじめ切ってから入れていただくようにご案内しております」とか言うので笑ってしまった。どうやってまるごと入れんのよ。ちなみに我々はおばあちゃんの推し(氷川きよし)のチラシを入れた。

祖母にあったのは2, 3回で、大昔に会った(と俺は信じている)のが1回、大学にきて東京に越してから父と一緒に会いに行ったのが最近の2回。ずっと疎遠だったので泣いて悲しむというのも難しくて、亡くなったと知らされたときもしっくりこなかった。卒論発表の前日に言われたからかな(先述したようにいろいろ破滅してた)。俺も『東京物語』の息子夫婦みたいになっちゃうのか。

棺を覗いたときにおばさんと父は声を震わせていた。葬式で泣いたのって、母方の祖母のときだけだな。東日本の葬儀を見るのは初めてだったので勉強になった。骨壷とか拾骨とか、結構違う。

80代とか90代とかになるとやっぱり旧帝大じゃなくて、ガチの帝国大学だった時代の印象が強いのか、大学名に対する反応が大きい。祖母は近所の人たちにも話して「よかったね〜」とか言われてたらしい。 軽い試験でよかったね〜 あんまり嬉しそうなので俺も大学来てよかったなあという気持ちになってくる。でもそんなおばあちゃんもいなくなったので、なんかもうどうでもよくね?あと誰が喜ぶん?みたいな気持ちさえしてくる。

なんせ俺に同い年のいとこがいるって知ったのもおととしだった。親世代の勧めでLINEを交換するはめになってしまった。俺はどうせ使わないからいいんだけど、なんか申し訳ない。20年ぶりぐらいに会ったらしい叔父さんはなんだか、関東のオトンって感じだった…語彙力。表面的には話を聞いているけれど納得しててもしてなくても同じ反応をするっぽかった。むしろうちの父親が威厳とかこだわりとか、目に見える頭の固さ的なのを持っていないのかもしれない。