缶詰

2024/10/06: SNS, 風呂, リズム

キャンパスが人でごった返している。秋学期がはじまった。本郷の銀杏もガイダンス前の2年生の前には無力である。卒業研究のほかに1つだけ、「これを落とすと留年する」講義がある。それは全員そういうものがあるわけではなくて、むしろこれまでサボってきたツケであり、教員名からしてセーフティネットでもある。だから銀杏に悪態をつきながらもキャンパスに来なくちゃいけない。


デスクトップPCが苦しいのかもしれない。椅子に座らなきゃいけない。机に向かわなくちゃいけない。でも椅子も机もちょっとしょぼくて、全体的にふらついている。やりづらい。やっぱりニトリは上級者向けだ。とはいえノートPCだと姿勢がしんどい。ラップトップと一緒に部屋の隅っこに縮こまってるの好きなんだけどね。身体性などについても徐々に考えたい。というか考えなくちゃいけない時期がくる。いやだな。そもそも体力がない。

SNSをやめたい…という気持ちはある。みんなそうだと思う。

と思ってしまう。どう転んでも詰みなんで、おりるしかない。低レイヤにハマっているフォロワーが多くて、それを見ているのもなんか苦しい。何をいまさら…みたいに思ってしまっていけない。最近は一旦そこから離れようとして過ごしている向きがあるので。おれも昔ハマってたけど、すれ違ってんなあ。何度でもネチネチ考えてしまう。俺はいま俺が楽しいと思えることをすればいいんだった。


涼しくなってきたから、湯船に浸かるのが楽しい。昼食(夕食じゃないよ)食べ終わったぐらいから、心のどこかでずっと風呂を楽しみにしているとさえ言える。これまで普段ははずっとシャワーで済ませていて、お湯を入れるのは週に1, 2回だった。でも最近、毎日入れるのはもったいないと思うから、シャワーを済ませたあと、床を掃除する段になって、「なにか物足りない…」を感じてわざわざ湯をため始める始末。もうそっちをデフォルトにしたほうがいい。もったいないけど。7年間自由に湯船に浸かれなかった反動かな。温泉とか行きたい気もするけど、めんどくさいので結局行かないと思う。

部屋の前が車道で(もうそういう物件しかなかったんですよ)、車が通るたびに天井の換気扇からエンジンの音が聞こえる。早い日だと小学生が下校するような時間に風呂に入るので(卒論生と書いてフルフレックスと読む)、「〇〇ちゃんまたねー!」みたいな声も頭上から響いてくる。それをじっとしながら全裸で聞いていると、なんだかきまり悪い。むかし、スカートを覗き見るために側溝で横になって逮捕された人いたよね。あれにちょっと近いかも。いや俺は側溝入ったことないですよ。


朝7時ぐらいから用事があって、いまの生活リズムだと寝過ごすのが確定なので、徹夜している。ほんとは研究するべきなんだろうけど、やる気がしなくて、本読んで文章書いて…を行ったり来たりしている。3週間ぐらい溜まっていた書くための内圧を解き放っている。このわずかに頭が重くて、でも身体は元気な感じがあると、心が静かになって書けるんだろうなー。でもその状態を作るには、日中だらだらしておいて深夜に書くみたいなことが必要になるわけで…。お酒は眠くなるのでダメ。すべてはカフェインからはじまる。

あれだな、人と話していると次は何を話そうかという「予測変換」の候補をつくる。でも実際に話すのはそのうちの一つだから、他の変換候補は「これ喋りたかったなあ」というキャッシュになって残る。そういうのが溜まっているんだと思う。あ、あと図書館で見つけた『ライティングの哲学』の効用はあります。一回ぐらいガツンと会心の記事をつくりたいもんだね。


なんか、ピクニックとか陶芸教室とか行きたい。えいやで申し込めばいいんだけど、ひとりで行くのもなんだかなあとつい思ってしまう。とはいえ先月さんざん人とご飯行ったし、もう話すことないし、ひとりで行ってもバチは当たらんだろう。ここ東京だし。ぼっち・ざ・だいがくだろ。計画的に娯楽を入れる、みたいなことも考えている。研究は無限にふくらむので、それに抗いたい。自分で電車に乗って隣の県でなんか見てくる、みたいなのでさえ、ほとんどできたためしがないんですよ。運賃200円圏内の計画性しかない。